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【2026/06/05 12:07 】 |
吉村順三についての関連情報


こんにちは、今日は吉村順三についてです。





その他

フランクロイドライト


Q現代建築家について。吉村順三さんのある本を読んでいて思ったのですが、建築家とはごくシンプルに考えれば、本来施主に良い建築を提供する者であって、施主を満足させる者だと思います。そのために、新しい事を考えこれまでに無い豊かな建築を考察する。そこまではわかります。しかし、いくら美しく豊かで新しい建築を考案したとしても、本来建築家とは施主ありきであって、アーティストではないと思います。にも拘らず、現代に建てられる建築の多くは施主の幸福を通り越して、建築家の半ばエゴによって無理をし、空虚な新しさを求め、施主の満足を得るのではなく、自分の満足を得ることに必死になっているように見えます。つまり、施主うんぬんよりも、自らの建築とその理論が先行しがちなのではと思いました。しかも、それを尤もらしい巧みな言葉で、いかにも自分の建築が『上質な作品』であるかのように語るアーティスト気取りの建築家に違和感を覚えます。皆が皆そうではありませんが、吉村順三さんのような素朴で真の意味で精神性豊かなモノ作りをすることが建築家の本来の役目なのではないかと感じています。このような私の考えはどこか間違っていますか?単なる現代建築家への誤解でしょうか?
A《現代に建てられる建築の多くは施主の幸福を通り越して、建築家の半ばエゴによって無理をし、空虚な新しさを求め、施主の満足を得るのではなく、自分の満足を得ることに必死になっているように見えます。》具体的にどの建築家をイメージされているのかは分かりませんが、安藤忠雄さんあたりでしょうか。しかし、いずれにしても、施主を満足させない限り、その作品を実現させることは難しく、仮に実現したとしても施主との信頼関係は失われてしまうでしょう。そうなれば、建築家のダメージは大きく、それ以降の活動に大きな制約を受けることになります。建築家にとっと最も重要なことは施主との信頼関係の構築ですから、それを崩してまで自分のエゴを押し通すことは出来ないことです。一見そのように見える建築作品も、そこに存在するためにはいくつかの困難な説得、問題点などを乗り越えた結果と見るべきなんですね。つまりそのような作品を現実に作り続けることは甘くないということです。
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吉村順三
建築家




国内・海外の代表的なモダン建築とは
国内・海外の代表的なモダン建築には何がありますか? またモダン建築が多く見られる国はどこでしょうか?


タイルモザイクアート

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【2012/02/07 06:58 】 | 未選択 | 有り難いご意見(0) | トラックバック()
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