
村野藤吾をくわしく調査してみると、なかなか面白い事に気がつきます。
【送料無料選択可!】村野藤吾の建築 昭和・戦前 (単行本・ムック) / 長谷川堯/著価格:
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★書籍商品の購入に関するご注意コチラ↓より、初回盤・特典の詳細、在庫情報・出荷状況をご確認ください。<内容>膨大な建築作品を残し、93歳で没した建築家村野藤吾。戦前の主要な作品を、図面や写真を併せて細部に至るまで検討し、論文・講演を手がかりに、作品に塗り込められた秘密を解き明かす。村野作品を追い続けてきた長谷川堯による村野研究の集大成。<収録曲>渡辺節建築事務所への就職と村野の修業時代渡辺節作品の中の村野藤吾「動きつつ見る」、欧米への独立直後の旅で見たもの「森五商店」と、その他の最初期作品「大阪パンション」をめぐる思惟の周辺”ロシア構成主義”との結びつき-「中島商店」と「キャバレー赤玉」宇部の
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| Q | 専門家の福味健治さん質問があります!関西で見ておかないといけない、現代数奇屋を教えてください!村野藤吾さんの佳水園が凄く良かったです。お願いします!また、数奇屋のお家は、数奇屋専門の方に頼む方がいいでしょうか。 |
| A | おっと^^フルネームでのご指名ですね^^有難う御座います。村野藤吾さんは私も好きですよ^^私の事務所の近くにも村野さんの作品が多く残っています。興ざめさせて、申し訳ないのですが、私は一般知識以上に数奇屋に詳しい訳ではありません。恐らく、オールアバウトの紹介文を読まれての事と思いますが、あれは取材に来たライターさんの創作です。私は 「ありふれた材料でも組み合わせ次第で無限の価値が生まれる。その代表が千利休の造った茶室だ」 と云う話しをしたのですが、ライターさんの頭の中では茶室=数奇屋となっていたみたいです。話しは少し脱線しますが、茶室には名建築が多いですが、秀吉の黄金の茶室を除いては、建設当時何処にでも手に入った材料で造られているのをご存知ですか?屋根は藁葺きで、壁は土壁のまま。つなぎに用いた藁もそのまま見えてます。床柱に至っては凡そ建築材料としても無価値な曲がりくねった雑木です。しかし、それを組み合わせる事によって、言い換えれば造った人の美的センスを加える事によって、何百年も鑑賞に耐える名建築が生まれるのです。面白いと思いませんか?ええもん高いのは当たり前でええもん安いのが名建築だと思うのです^^で、数奇屋ですが、元々数奇屋の定義は江戸時代初期の庶民の住まいから派生して出来た文化(建築)です。それは今日でも同じで、名建築は庶民の家の中にあります。何処そこの建物は数奇屋の代表作として良いですよと、ご案内出来れば良いのですが、誰もが凄いと認める数奇屋建築が思い浮かびません。四天王寺の本坊の中にある客室は凄いと思いましたが、これも江戸時代の建築で、現代数奇屋とは云えません。それでも、大きい家の解体現場なんかに行きますと、建設当時の姿が現れたりして「うっ!!」と唸る意匠に出くわすことが度々あります。それらを見ていますと、数奇屋の真髄は出来るだけ華奢に見せる事にあるんだと思えてきます。屋根を支える化粧垂木なんかも1寸角から1寸2分角ぐらいの垂木を吹き寄せて配置してあるのを良く見掛けますが、それはあくまでも化粧で化粧野地板の上には野太い垂木が必死になって重い瓦を支えているのを見かけたりします。そんな時は凄い!と思いますね・・・これから、もし古い家の解体現場や改修現場が出てきましたら宜しければご案内します。興味がおありでしたらメール下さい^^ |
Webサービス by Yahoo! JAPAN村野藤吾村野藤吾は日本の建築家、1891-1984。
佐賀県唐津市生まれ、福岡県八幡市(現・北九州市)で育つ。小倉工業高校機械科卒業後、八幡製鉄勤務。
その後陸軍砲兵として長崎県対馬に配属。
早稲田大学電気学科に進学す...
JIA建築セミナー2011 最終講座(公開) 演題:建築のゆくえ - KenKen! (プレスリリース) |
JIA建築セミナー2011 最終講座(公開) 演題:建築のゆくえKenKen! (プレスリリース)牧野富太郎記念館(高知県、2000年、村野藤吾賞)、島根県芸術文化センター(2005年)など建築家としてのご活躍はもとより、昨年春まで東京大学土木工学科(現・社会基礎学科)で教鞭をとるなど、日本を国土という環境から捉えることができる卓越した建築家で ... |
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