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【2026/06/04 17:56 】 |
菊竹清訓の検索情報


菊竹清訓について調べてみました。





その他

20101111江戶東京博物館-10.avi


Q江戸東京博物館の設計者で知られる建築家・菊竹清訓氏がお亡くなりになられたそうです。何かコメントをお願いします。
A建築とは何か、モダニズムとは何かを考えさせる問題作が素晴らしかったですね。建築ってこういうものなんだと教えられました。スカイハウス、都城市民会館、萩市民会館、東光園、出雲大社庁の舎、島根県立博物館などモダニズムの記念碑的作品ですね。国立京都国際会議場のコンペ案も今でも光を放ちます。みんな問題作ですが素晴らしいの一語です。その他印象深く好きな作品は、段状集合住宅を実現させたパサディナハイツ、ムーブネットという概念でまとめたパシフィックホテル茅ヶ崎、京都市街地の店舗の型を示した京都信用金庫支店などがあります。プロジェクトも夢を感じさせるものが多かったですね。海上都市や樹上都市計画は特に魅力的でした。海上都市がアクアポリスで実現したのには驚きました。しかし規模が小さい上に他の要素が加わったために、純粋性が保てず建築的魅力は薄れてしまいました。でも、実現させた歴史的意義は非常に大きかったと思います。樹上都市計画も小規模、変則的な形で実現しています。上野池之端にそれがホテルという形で実現した時、景観を壊すと評判は最悪でした。でも私は高く評価したいです。プロッジェクト実現への執念を感じますし、なによりもそこに建築技術の夢を感じたからです。技術の夢を感じさせる建築は非常に少ないです。菊竹さんが教えたものは、「建築は技術の夢」だと言う事ではないでしょうか。菊竹さんの問題作からは「技術の夢」を強く感じます。多くの建築家達が菊竹さんの元から巣立っていったのは、そのことを教えられたためではないかと思っています。
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菊竹清訓
建築家。

1928年生まれ。福岡県久留米市出身。

前衛建築運動「メタボリズム」をリードした。



*略歴

-1950年、早稲田大学理工学部建築学科卒業。株式会社竹中工務店に入社

-1951年、建築学会主催「テラスハウス」コ...


菊竹清訓展が同氏設計の旧岩手県立図書館で始まる - nikkei BPnet

菊竹清訓展が同氏設計の旧岩手県立図書館で始まる
nikkei BPnet
昨年末に亡くなった菊竹清訓氏の展覧会「建築家・菊竹清訓の世界 ~か・かた・かたち~」が、盛岡城跡公園内にある「もりおか歴史文化館」(旧岩手県立図書館)で2月11日から始まった。会期は4月15日まで。同館は、もともと菊竹氏の設計で1967年に「岩手県立図書館」 ...



7月25日~26日に東京へ行きます。
仕事が建築関係の仕事をしています。 そこでこの機会にすばらしい建物でも見物できたらと思っています。 お勧めの場所を教えてください。


タイルモザイクアート

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【2012/03/01 00:02 】 | 未選択 | 有り難いご意見(0)
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